近代的な人口センサス(人口の全数調査)が初めて実施された19世紀より以前のエジプトの人口については、古代エジプトからの人口の規模がある程度推計されている。それら研究の一部を参照すると、エジプトの人口は11世紀や17世紀頃に、最大で約500万である。19世紀初めの人口はナポレオンのエジプト遠征に同行したフランス人科学者の推計によると、約250万前後の数字が掲げられている。
エジプトでは、その後19世紀前半に租税台帳と家屋台帳を利用した人口調査が行われ、さらに1882年には第1回の近代的人口センサスが試みられ全人口が報告されている。しかし、1897年、1907年と連続して実施された第2回と第3回の近代的人口センサスの結果を利用した遡及的な考察によって、1882年を含めそれ以前の人口調査や推計は信頼度の点で問題があることが指摘されてきた。19世紀のエジプト社会については多彩な主題について数多の研究が刊行されているが、社会のベースとなる人口については一定の共通項が必ずしも存在していないのが現状である。後述するように、幾つかの19世紀人口に関する研究があるが、それらの推計人口には年によりかなりのバラツキが見られる。エジプトの「近代化」が始まったとされる19世紀初期から19世紀末までの人口のより正確な情報を把握することは、19世紀エジプトの政治・経済・社会の実態を明らかにするうえで重要であろう。本稿では、先行研究のそれぞれの手法を再検討して、問題点を洗い出し、推計された人口を比較対照したうえで、エジプトの19世紀人口に関する基礎的な情報を改めて整理して提示することを目的とする。